2017/1/10付
2011年から12年、本紙に連載された安部龍太郎さんの小説「等伯」の終盤は、何度読んでも心が揺さぶられる。絵師の長谷川等伯が首をかけて豊臣秀吉のために描いた水墨画「松林図屏風」を伏見城で披露する場面だ。家臣の徳川家康や前田利家らも着座している。
▼霧の中に濃く淡く浮かぶ木々の幽玄さに名だたる武将が魂を奪われる。「わしは今まで、何をしてきたのであろうな」。秀吉が深いため息とともにつぶやいた。「心ならずも多くの者を死なせてしまいました」。家康は懐紙で涙を拭う。乱世を生き抜くなかで犠牲にした仲間や家族を思い、自らの仮借なき行いをも省みる。
▼大自然を活写した芸術が、人間の業をねじ伏せた――。そんな瞬間を見事に描いた一幕である。この屏風は東京国立博物館で15日まで特別公開中だ。前に立つと、細く砕いた竹か、束ねたわらを使ったという筆致から、風と光の動きや、葉と霧が交わすささやきが伝わってくるようだ。白と黒のひたすら深遠な世界である。
▼物語に触発され、リメーク版を考えた。今、シリアやイラクで血みどろの勢力争いを繰り広げている将兵たちが感動で立ち尽くす芸術は生まれないものか。「自分は何をしてきたのだろう」。そんな境地にいざなえれば、苛烈な戦闘や陰惨なテロも少しは静まるかもしれぬ。空想が入り込みそうもない複雑な状況であるが。
要約
[297/300文字]
安部龍太郎さんの小説「等伯」の終盤、長谷川等伯が「松林図屏風」を伏見城で披露する場面は、何度読んでも心が揺さぶられる。
霧の中に濃く淡く浮かぶ木々の幽玄さに名だたる武将が魂を奪われ、自らの仮借なき行いをも省みる。
芸術が、人間の業をねじ伏せた瞬間を見事に描いた一幕である。
この屏風は東京国立博物館で15日まで特別公開中だ。
白と黒のひたすら深遠な世界である。
物語に触発され、リメーク版を考えた。
今、シリアやイラクで血みどろの勢力争いを繰り広げている将兵たちが感動で立ち尽くす芸術は生まれないものか。
「自分は何をしてきたのだろう」。
そんな境地にいざなえれば、苛烈な戦闘や陰惨なテロも少しは静まるかもしれぬ。
空想が入り込みそうもない複雑な状況であるが。
[200/200文字]
安部龍太郎さんの小説「等伯」の終盤で、長谷川等伯が披露した「松林図屏風」に名だたる武将が魂を奪われ、自らの仮借なき行いをも省みるシーンは心が揺さぶられる。
芸術が、人間の業をねじ伏せた瞬間を見事に描いた一幕である。
物語に触発され、シリアやイラクで勢力争いを繰り広げている将兵たちが感動で立ち尽くす芸術は生まれないものかと考えた
自らの行いをを省みれば、戦闘やテロも少しは静まるかもしれぬ。
空想が入り込めないほど複雑な状況であるが。