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[春秋要約161223]日本でサンタクロースを初登場させた「免囚保護の父」原胤昭に思をはせるクリスマス。<40文字> #sjdis #sjyouyaku

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2016/12/23付

わが国にはじめてサンタクロースがお目見えしたのは1874年、とする説がある。のちに「免囚保護の父」などと呼ばれる原胤昭(たねあき)が、キリスト教の洗礼を受けた感謝を表すためクリスマスの催しを開いた際のこと、という。サンタ役は日本風の衣装をまとったそうだ。
原が生まれたのは1853年。黒船の年だ。現代の感覚ではかなり若いうちに、家業というべき南町奉行所の与力となった。そのころ与力といえば、火消しの頭(かしら)や力士とならぶ粋な男として江戸の庶民にもてはやされたらしい。が、維新で運命は一変した。そして原は、実業に社会活動にと目ざましい足跡を残していった
▼銀座にひらいた出版社「十字屋」は、楽器店の名前となって今に伝わる。錦絵の出版・輸出ビジネスでは大きな成功をおさめた。けれど、政治犯の肖像画を売り出して罪に問われ、かつて与力として見まわりに訪れたこともあった石川島の監獄に。九死に一生を得て獄を出たあとは、実体験をふまえ監獄の改良につとめた。
▼みき夫人にささえられ、出獄した人たち1万人以上を家族ぐるみで支援した。差別をなくすよう訴え、児童虐待の防止や孤児の保護、貧困層のための住宅事業にも力をそそいだ(片岡優子「原胤昭の研究」)。キリスト教徒でなくても、その生きざまには胸が熱くなる。そんな人物に思いをはせるクリスマスもわるくない。

要約

[300/300文字]
わが国はじめてのサンタクロースお目見えは1874年、とする説がある。
のちに「免囚保護の父」などと呼ばれる原胤昭が、クリスマスの催しを開いた際という。

原が生まれたのは1853年。黒船の年だ。
原が銀座にひらいた出版社「十字屋」は、楽器店の名前となって今に伝わる。
錦絵の出版・輸出ビジネスでは大きな成功をおさめた。
けれど、政治犯の肖像画を売り出して罪に問われ、石川島の監獄に収監。
獄を出たあと実体験をふまえ監獄の改良につとめた。

みき夫人にささえられ、出獄した人たち1万人以上を家族ぐるみで支援した。
差別をなくすよう訴え、児童虐待の防止や孤児の保護、貧困層のための住宅事業にも力をそそいだ。
その生きざまには胸が熱くなる。
そんな人物に思いをはせるクリスマスもわるくない。

[198/200文字]
「免囚保護の父」と呼ばれる原胤昭が1874年にクリスマスの催しを開いた際に、わが国はじめてのサンタクロースがお目見えしたという。

原は錦絵のビジネスで政治犯の肖像画を売り罪に問われ、石川島の監獄に収監。
獄を出たあとは監獄の改良につとめた。

出獄した1万人以上を家族ぐるみで支援したり、児童虐待の防止や孤児の保護、貧困層のための住宅事業にも力をそそいだ。
その生きざまには胸が熱くなる。
このクリスマスにはそんな人物にも思いをはせたい。