2017/1/1付
「あらたまの年の始めのくりやにて水に触れれば時うごきだす」。本紙の歌壇に載った名古屋市の稲熊明美さんの一首だ。くりやは台所。歌には「近年は薄れつつある新年の聖性が描かれている」と選者の穂村弘さんが評していた。清らかで神々しいリセット感が響く。
▼古来、正月には縁起の良い方角から年神が家々を訪れて、健康や豊作を約束するとされた。地方によっては、屋内の棚に野菜などの供物を並べる。年神は大みそかの朝から動き出すらしい。迎える目印となる門松などを31日になって準備しては、年神の目に触れないこともある。いわゆる「一夜飾り」を避ける理由という。
▼「どうぞ」と招き入れたい神様の一方、いま世界をうろうろするのは、マルクス流に言えば「ポピュリズム(大衆迎合主義)という名の怪物」だ。昨年、世界を揺さぶり、今年は欧州の国々での選挙に乗じ、さらに勢いづきそうな気配である。敵を探し、過激な物言いで変革を訴える手法の広がりをどう考えればよいのか。
▼「民主主義の不均衡を是正する自己回復運動のようなもの」と北海道大教授の吉田徹さんはポピュリズムの一面を説く。代議制デモクラシーに避けられない現象で、飼いならすくらいの発想が必要と主張している。現状への否定を原動力に政治の活性化にも資するという。さて、時は動き出した。怪物は手なずけられるか。
要約
[299/300文字]
「あらたまの年の始めのくりやにて水に触れれば時うごきだす」。
歌には清らかで神々しいリセット感が響く。
古来、正月には縁起の良い方角から年神が家々を訪れて、健康や豊作を約束するとされた。
「どうぞ」と招き入れたい神様の一方、いま世界をうろうろするのは「ポピュリズムという名の怪物」だ。
昨年、世界を揺さぶり、今年は欧州の国々での選挙に乗じ、さらに勢いづきそうである。
敵を探し、過激な物言いで変革を訴える手法の広がりをどう考えればよいのか。
北海道大教授の吉田徹さんは「民主主義の不均衡を是正する自己回復運動のようなもの」で代議制デモクラシーに避けられない現象で、現状への否定を原動力に政治の活性化にも資するという。
さて、時は動き出した。
怪物は手なずけられるか。
[191/200文字]
いま世界をうろうろするのは「ポピュリズムという名の怪物」だ。
昨年、世界を揺さぶり、今年は欧州の国々での選挙に乗じ、さらに勢いづきそうである。
敵を探し、過激な物言いで変革を訴える手法の広がりをどう考えればよいのか。
北海道大教授の吉田徹さんは「民主主義の不均衡を是正する自己回復運動のようなもの」で代議制デモクラシーに避けられない現象で、現状への否定を原動力に政治の活性化にも資するという。
怪物は手なずけられるか。