[春秋要約170313]伊勢丹新宿店の社長が業績不振で退く。逆風下でビジネスの舵を取る難しさを感じる。<39文字> #sjdis #sjyouyaku

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2017/3/13付

空襲で焼け野原になった終戦直後の東京。ほどなく子どもたちの笑い声が戻った場所のひとつが、百貨店の屋上だった。評論家の川本三郎さんが随筆集「東京おもひで草」に、そう記している。戦前から戦後しばらく、珍しい遊戯具が並ぶ屋上は最先端の遊園地だった
▼豆汽車、飛行塔、メリーゴーラウンドという三種の神器のほか、動物園やロープウエーを設けた店もあった。大食堂には定番のお子様ランチもある。「この時代、子どもがデパートの主役になっていた」と川本さんは振り返る盛り場の主が大人の男だった頃、子どもとその母親や祖母の関心を引きつける斬新な策だった。
▼百貨店からテーマパークやショッピングモールへと、家族で丸1日過ごせる場が移って久しい。百貨店業界の売上高は最盛期の9兆円台から5兆円台に縮んだ。店の数だけでなく扱うモノの幅も減り、屋上に遊具を備えた店も見かけない。百貨店という店のあり方が時代と合わなくなったのか。寂しく思う向きも多かろう
▼勢いのある低価格店にフロアごと貸したり、高齢客に特化したり。各社各様の試みがある中で、最先端という百貨店の原点に戻り、流行を先取りしたファッションで一段の成長を図ったのが集客数世界一を誇る伊勢丹新宿店だった。その旗振り役だった社長が業績不振で退く。逆風下でビジネスの舵(かじ)を取る難しさを感じる

要約

[291/300文字]
戦前から戦後しばらく、珍しい遊戯具が並ぶ百貨店の屋上は最先端の遊園地だった。

大食堂には定番のお子様ランチもある。
盛り場の主が大人の男だった頃、子どもとその母親や祖母の関心を引きつける斬新な策だった。

百貨店からテーマパークやショッピングモールへと、家族で丸1日過ごせる場が移って久しい。
百貨店業界の売上高は最盛期の9兆円台から5兆円台に縮んだ。
店のあり方が時代と合わなくなったのか。

各社各様の試みがある中で、最先端という百貨店の原点に戻り、流行を先取りしたファッションで一段の成長を図ったのが集客数世界一を誇る伊勢丹新宿店だった。
その旗振り役だった社長が業績不振で退く。
逆風下でビジネスの舵を取る難しさを感じる。

[190/200文字]
戦前から戦後しばらく、百貨店の屋上は最先端の遊園地だった。
大食堂にはお子様ランチもあった。

家族で丸1日過ごせる場がテーマパークやショッピングモールへ移って久しい。
店のあり方が時代と合わなくなったのか。

各社各様の試みがある中で、百貨店の原点に戻り、流行を先取りしたファッションで一段の成長を図ったのが伊勢丹新宿店だった。
その旗振り役だった社長が業績不振で退く。
逆風下でビジネスの舵を取る難しさを感じる。