2017/8/21付
ウララ ウララ ウラウラで~。あれはいつだったろう。山本リンダさんが歌う「狙いうち」を初めて聴いたときの驚きをいまでも覚えている。阿久悠って、すごいなあ……。詞の迫力に圧倒されていたら、その人はやがてピンク・レディーの曲で世の中を沸騰させた。
▼1980年生まれの音楽クリエーター、ヒャダインさんもずっと後に作品に出合い「何だ、このブッ飛んだ歌詞は!」と衝撃を受けたという(「文芸別冊 阿久悠」)。そうそう「UFO」などは昨今の若者にも響くはずだ。新鮮さを失わぬ、そんな歌をたくさん残した作家が逝って今年で10年。生誕80年の節目でもある。
▼生涯に5000曲あまりの詞を書いた阿久さんだが、70年代の作品の輝きは格別だろう。北原ミレイさんの代表曲となった「ざんげの値打ちもない」は、愛憎のもつれから相手を刺した少女の物語である。こういう歌を出せば批判を浴びるという危惧もあったに違いない。それでもあえて世に問い、社会も受け入れたのだ。
▼阿久さんは「作詞家憲法十五条」なるものを掲げていた。その最後に、こうある。「歌は時代とのキャッチボール。時代の中の隠れた飢餓に命中することが、ヒットではなかろうか」。歌ばかりでなく、さまざまな表現活動に通じる指摘である。時代と格闘し、時代を狙いうちした巨匠は、いまの下界をどう眺めていよう。
要約
[300/300文字]
山本リンダさんが歌う「狙いうち」を初めて聴いたときの驚きをいまでも覚えている。
阿久悠って、すごいなあ……。
詞の迫力に圧倒されていたら、その人はやがてピンク・レディーの曲で世の中を沸騰させた。
「UFO」などは昨今の若者にも響くはずだ。
新鮮さを失わぬ、そんな歌をたくさん残した作家が逝って今年で10年。
生誕80年の節目でもある。
生涯に5000曲あまりの詞を書いた阿久さんだが、70年代の作品の輝きは格別だろう。
阿久さんは「作詞家憲法十五条」なるものを掲げ、その最後に「歌は時代とのキャッチボール。時代の中の隠れた飢餓に命中することが、ヒットではなかろうか」と書いた。
さまざまな表現活動に通じる指摘である。
時代と格闘し、時代を狙いうちした巨匠は、いまの下界をどう眺めていよう。
[200/200文字]
山本リンダさんが歌う「狙いうち」を初めて聴いて、阿久悠の詞の迫力に圧倒されていたら、その人はやがてピンク・レディーの曲で世の中を沸騰させた。
新鮮さを失わぬ、そんな歌をたくさん残した作家が逝って今年で10年。
生誕80年の節目でもある。
特に70年代の作品の輝きは格別だろう。
阿久さんは「作詞家憲法十五条」に「歌は時代とのキャッチボール。時代の中の隠れた飢餓に命中することが、ヒットではなかろうか」と書いた。
さまざまな表現活動に通じる指摘である。