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[春秋要約170806]「市営基町高層アパート」で、若い世帯が被爆者を含む高齢者と交流することを願う。<39文字> #sjdis #sjyouyaku

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2017/8/6付

広島市の原爆爆心地から北に1キロ。広島城の外堀と太田川に囲まれた一角を基町という。こうの史代さんの漫画「夕凪(なぎ)の街 桜の国」は、家を焼かれた庶民が基町の河川敷を占拠して急造したバラック、通称「原爆スラム」を舞台に、廃虚から立ち上がる被爆者を描く
▼住宅難の市民を救済する目的で建設されたのが「市営基町高層アパート」。1970年代に整備された約3000戸の集合住宅だ。川岸の不法住宅は撤去され、基町の戦後にひとつの区切りがついた。広島の復興、とりわけ暮らしの再建を象徴する歴史的な建物だ。3年前、この団地で暮らす当時94歳の女性と知り合った。
女性は終戦の翌年、夫と今の広島市中央公園にあった木造長屋に身を寄せた。「太田川の土手で麦を作り食糧難をしのいだの」。公園の桜並木に1本のヤナギの古木がある。長屋に住み始めた71年前、「苦しい生活の慰めに、と玄関先に植えた苗木が立派に育ち、伐採されずに残ったのです」。自らの生の証しだと語った。
基町地区は65歳以上の比率が5割に迫る広島市は団地の入居時の所得制限を緩和し、大学生や若い世帯の転居を促している彼らが盆踊りなど自治会活動の新たな担い手となり、被爆者を含む高齢者と交流することを願って。あの女性は元気だろうか。ヤナギに込めた平和への思いが、若い住民に語り継がれればいい。

要約

[297/300文字]
広島市の原爆爆心地から北に1キロ。
基町に住宅難の市民を救済する目的で1970年代に建設された「市営基町高層アパート」。
川岸の不法住宅は撤去され、基町の戦後にひとつの区切りがついた。
広島の復興、とりわけ暮らしの再建を象徴する歴史的な建物だ。
3年前、この団地で暮らす当時94歳の女性と知り合った。

女性は終戦の翌年、夫と今の広島市中央公園にあった木造長屋に身を寄せた。
公園のヤナギの古木は長屋に住み始めた71年前、玄関先に植えた自らの生の証しだと語った。

基町地区は、65歳以上の比率が5割に迫る。
広島市は団地の入居時の所得制限を緩和し、大学生や若い世帯の転居を促している。
彼らが自治会活動の新たな担い手となり、被爆者を含む高齢者と交流することを願って。

[198/200文字]
広島市の原爆爆心地から北に1キロ。
1970年代に建設された「市営基町高層アパート」は広島の暮らしの再建を象徴する歴史的な建物だ。

この団地で暮らす当時94歳の女性は、公園のヤナギの古木は71年前に玄関先に植えた自らの生の証しだと語った。

基町地区は、65歳以上の比率が5割に迫る。
広島市は団地の入居時の所得制限を緩和し、大学生や若い世帯の転居を促している。
彼らが自治会活動の新たな担い手となり、被爆者を含む高齢者と交流することを願って。