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[春秋要約170811]国税庁長官が就任記者会見に臨まないと信頼を損ね、人事への批判も高まるだけである。<40文字> #sjdis #sjyouyaku

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2017/8/11付

伊丹十三監督の映画「マルサの女」が大ヒットしたのは、ちょうど30年前である。ときはバブル華やかなりし昭和の終わりごろ。カネの亡者たちに立ち向かう、国税局査察部のプロたちの闘いに世間は喝采を送った。マルサという隠語が一般化したのはこの作品以降だ。
▼人々の稼ぎやふところ具合に目を光らすのだから、徴税権力は本来ならあまり歓迎される存在ではない。それを伊丹監督はためらわず正義として描いた当局が国民から信頼を得てきた歴史があるからできたのだ。公平、公正であるという前提のもとに、マルサも税務署の調査も給料からの冷酷な天引きもなり立っている
▼国税庁長官といえばそのトップだが、こんどの佐川宣寿さんは恒例の就任記者会見に臨まないという。財務省理財局長だったとき、かの森友学園への国有地売却問題で釈明を繰り返した人だ。会見に出ればあれこれ突かれると恐れたのか、着任から1カ月余もだんまりを決め込んできた。あげくの「会見せず」宣言である。
▼職員5万人超の、強大な権限を持つ役所の長官が人前に出てこないとは異様だ。ご本人の意向か政権の判断かは知らぬが、このままでは国税庁への信頼も損ねよう理財局長からの就任自体はよくあるコースだが、人事への批判も高まるだけである。マルサに調べられているわけでもないのだ。黙秘権行使はよしてほしい

要約

[295/300文字]
30年前、伊丹十三監督の映画「マルサの女」が大ヒットした。

徴税権力は本来ならあまり歓迎される存在ではない。
それを伊丹監督はためらわず正義として描いた。
公平、公正であるという前提のもとに、当局が国民から信頼を得てきた歴史があるからできたのだ。

国税庁長官といえばそのトップだが、こんどの佐川宣寿さんは就任記者会見に臨まないという。
財務省理財局長だったとき、かの森友学園への国有地売却問題で釈明を繰り返した人だ。

職員5万人超の、強大な権限を持つ役所の長官が人前に出てこないとは異様だ。
ご本人の意向か政権の判断かは知らぬが、このままでは国税庁への信頼も損ねよう。
理財局長からの就任自体はよくあるコースだが、人事への批判も高まるだけである。

[198/200文字]
徴税権力は本来歓迎される存在ではない。
しかし伊丹監督はそれを正義として描いて、30年前「マルサの女」が大ヒットした。
公平、公正であるという前提のもとに、当局が国民から信頼を得てきた歴史があるからできたのだ。

そのトップ、国税庁長官になった佐川宣寿さんは就任記者会見に臨まないという。
財務省理財局長だったとき、かの森友学園への国有地売却問題で釈明を繰り返した人だ。

このままでは国税庁への信頼を損ね、人事への批判も高まるだけである。