[春秋要約170715]「08憲章」でノーベル平和賞を受賞した劉暁波氏のことを中国で語れる日が来てほしい。<40文字> #sjdis #sjyouyaku

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2017/7/15付

中国を代表する作家のひとりとされた巴金が、2005年に100歳で天寿を全うしたとき。劉暁波氏が発表した文章は痛烈だった。「御用文人」+「政治的飾り物」と断じたのである。表現をなりわいとする者が固めておくべき覚悟を、きびしく問いただした一文だった。
▼3年後、劉氏は一党独裁体制の廃止や三権分立などをうったえる「08憲章」を起草し、発表した。これが「国家政権転覆扇動」の罪に問われて、懲役11年の刑に。獄中でノーベル平和賞を受賞したことは、よく知られている。すでに刑期を半分以上つとめていたが、肝臓がんにおかされ、おととい亡くなった。61歳だった。
▼巴金に対する批判には、死者にむち打つ苛烈さがあった。そんな自らのことばを、劉氏は苛烈なまでに生き抜いたといえるだろう。ガンジーやダライ・ラマ14世を敬愛して非暴力をつらぬき、裁判の最終陳述のなかでは「私には敵はいない、また憎しみもない」と語った。その生きざまと思想に、深い敬意と共感を覚える。
▼足元の中国では、言論や思想への締め付けが強まっている。政権に批判的な人々への弾圧は深刻になる一方だ。劉氏の妻、劉霞さんも、自宅に軟禁され、外部との接触をほとんど断たれてきたという。中国ではほぼ封印されている劉氏のことを、人々が自由に語れる日が来てほしいと願う。劉霞さんの笑顔を見られる日も。

要約

[282/300文字]
劉暁波氏は一党独裁体制の廃止や三権分立などをうったえる「08憲章」を起草し、発表した。
これが「国家政権転覆扇動」の罪に問われて、懲役11年の刑に。
獄中でノーベル平和賞を受賞した。
すでに刑期を半分以上つとめていたが、肝臓がんにおかされ、おととい亡くなった。
61歳だった。

ガンジーやダライ・ラマ14世を敬愛して非暴力をつらぬき、裁判の最終陳述のなかでは「私には敵はいない、また憎しみもない」と語った。
その生きざまと思想に、深い敬意と共感を覚える。

足元の中国では、言論や思想への締め付けが強まっている。
政権に批判的な人々への弾圧は深刻になる一方だ。
中国ではほぼ封印されている劉氏のことを、人々が自由に語れる日が来てほしいと願う。

[196/200文字]
劉暁波氏は一党独裁体制の廃止や三権分立などをうったえる「08憲章」を発表。
これが「国家政権転覆扇動」の罪に問われて、獄中でノーベル平和賞を受賞。
すでに刑期を半分以上つとめていたが、61歳でおととい亡くなった。

裁判の最終陳述のなかでは「私には敵はいない、また憎しみもない」と語った。
その生きざまと思想に、深い敬意と共感を覚える。

中国では、言論や思想への締め付けが強まっている。
中国で劉氏のことを、人々が自由に語れる日が来てほしいと願う。